遺言書は相続における羅針盤

遺言書は相続における羅針盤といわれています。欧米では人口の6割以上が残していますが、日本は何割残しているかご存知でしょうか?実は、人口の1割から1割強とまだまだ少ない現状です。

先日、相続アドバイザーの授業であった事例をご紹介したいと思います。

Aさんは78歳、妻と6人の子供がいました。

Aさんは自宅兼居酒屋の土地建物を東京都内に所有しており、この建物にはAさん夫婦と長男夫婦が住んでいます。居酒屋は現在では長男夫婦が中心で切り盛りしています。それ以外の財産としては現金・預貯金・株式を保有しています。

子どもは6人すべて結婚。Aさんはすでに長男夫婦に仕事を中心にまかせているため今後も任せるつもりでした。その他の5人の子供たちはサラリーマンだったり、他家に嫁いだり別世帯で暮らしていました。

Aさんは当然、長男が居酒屋を継ぐので土地・建物を相続。そして長男夫妻にAさんの妻の面倒を見てもらう。他の子供たちは現金・預貯金・株式を仲良く分けてくれると思い、遺言を残さず亡くなりました。

これが大きな問題でした。

遺産分割協議で、長男を除く兄弟姉妹たちが全員で完全平等分割の要求をしてきたのです。しかも、協議中に長男とAさんの妻がその時にケンカをしてしまい、Aさんの家から出て他の子供の家に住むことになりました。後継者の長男の法定相続分は12分の1です。とても、都内の土地・建物の金額には少なすぎるため、金額の割合を話しでは解決することができませんでした。

家庭裁判所による調停手続きをしましたが、不成立のため審判へ。審判では分割内容が決定されました。長男がAさん建物土地を取得し、抵当権を付けて銀行からお金を借り、他の相続人に代償金を支払うという内容です。長男の銀行への返済は毎月68万円がかかることになりました。

8年後、経営が悪化。銀行への返済ができなくなり、抵当権が実行されて競売。長男夫婦は建物から出ていくことになってしまいました。

長男の妻の言葉が印象的でした。

「20歳からAさんの長男に嫁いで居酒屋の繁盛のために一生懸命30年以上働いてきました。Aさんが体調を壊した時から亡くなるまで毎日面倒を見ていたのに、他の兄弟姉妹はほとんどAさんの家には来なかったんです。それなのに財産は平等にするなんて。私の人生を台無しにされました。」

このようなケースでどのようにすればよかったでしょうか?

この紛争を防ぐ人は一人だけいました。それはAさんです。

なぜなら、遺言書を使って法定相続分を動かすことができる唯一の人だからです。

もし、遺言書を書いておけば、このようなことが考えられます。事業を継承してくれる長男に建物・土地を渡すと書いていれば、たとえ他の相続人から遺留分減殺請求がされても68万の半分の34万円で済みました。

さらに、Aさんが前もって他の相続人に遺留分放棄するようにお願いしていれば、多額の代償金を捻出する必要もありませんでした。

また、付言(法的な力はないが、被相続人がなぜ遺書を書いたか思いを伝える文面)で長男に居酒屋を継承する思いを他の相続人に伝えておけば、遺産分割協議でもめなかったかもしれません。

このような事例を学び、遺言の必要性をあらためて感じることができました。生きているうちに対策を伝えるのが相続アドバイザーの仕事だと思います。